東京地方裁判所 昭和42年(ワ)4194号・昭40年(ワ)2160号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔争点〕原告の請求原因の要旨は、訴外鈴木信夫は昭和三九年四月二九日午後一一時五〇分頃、当日投宿していた被告経営の旅館で自動エレベーターを五階で利用しようとして備付けのボタンを押し戸が開くのを待つて身体を内部に乗入れたところ、エレベーターのかごがなく、このため一四米下の地下室に転落して頭蓋骨骨折により即死した。
本件エレベーターの戸の開閉装置は建築基準法施行令一二九条の九の一号および二号の定めにより、「エレベーターのかごおよび昇降路のすべての出入口の戸が閉じていなければ、かごを昇降させることができず」、また「昇降路の出入口の戸はかごがその戸の位置に停止していない場合においては、かぎを用いなければ外から開くことができない」装置であることが必要とされていた。
ところが、事故のあつた五階のエレベーターの施錠装置はロツク部のかみ合わせが五、五ミリメートルと他の階のそれに比べて少く、またホルダーとキーパーの滑り部分が摩滅によつてかごが削られており、このため施錠装置が完全でなく、人力で外部から戸を開こうとした場合、当該階にかごがなくても容易に戸を開くことができる状態にあつたから、以上は工作物であるエレベーターの保存にかしがあつたというべく、本件事故は右かしによるものであるから、被告はこれが所有者として民法第七一七条に基き本件事故から生じた損害を賠償すべきものである」。
判決の認定した事実によると、「信夫は勤務先会社の団体慰安旅行の一員として事故当日の夕方本件旅館に投宿し、同館における夜の宴会および外出先のバーで飲酒し、同僚二名と共に相当酔つぱらつて帰館し、正面玄関にある五階(基準階)において本件エレベーターを利用しようとした。ところがエレベーターのかごは六階に停止していたため、戸を開けることができず、三人で烈しく戸を叩く等の外力を加えているうち戸がかごの到着しないまま開く事態が生じた。警察官の事故調査によると、外力を加えた場合五階の戸は他の階のそれより比較的容易に開いたこと、前記開閉装置の要めともいうべきロツク部におけるキーパーとキツチヤー・ホルダーのかみ合せ具合は、他の階では五乃至七・五ミリメートルであるに反し、五階のそれは四・五ミリメートルであり、キーパー・スプリングも他の階に比べて弱く、これが調整を施したところ、その後は外部から戸を開くことはできなかつたことが認められた。そして検証の結果によると、本件旅館は、一〇階建であり、五階は正面玄関のある基準階であるほか、売店、食堂、遊戯場が設けられておることが認められ、五階におけるエレベーターの利用度が他の階のそれを相当上廻つていたことが推認できる。」
以上の事実を綜合して判決は被告にエレベーターの所有者として事故による損害賠償義務ありとしてつぎのとおり説明している。
〔判決理由〕本件事故は、エレベーターのかごが五階に停止していないにも拘らず、被害者信夫外二名が自動式エレベーターの通常の利用方法を無視して乱棒、かつ無理な人力を強く同階のエレベーターの戸に加えた結果これが開き、加えて、通常人であれば容易にかごが同階に停止していないことを認めることができたのに、酒の酔いに任せて信夫が内部に足を踏み入れたことに起因すると考えるのが相当であり、本件事故発生につき被害者信夫に重大な過失があつたことは否定できない。しかし、本件エレベーターは一般事務用ビル等に設置された場合と異り、有名な温泉地の旅館に設備されたものであり、本件土地のような温泉の投宿客の中には飲酒酩酊する人も少くなく、旅館側も酒肴の提供により収益をあげていることは否定できないから、酩酊した投宿客が深夜エレベーターの戸を無理にこじあけて利用する事態が生ずるおそれがあることは十分予想でき、また予知すべきであり、したがつて、右事態に対処するため、戸の開閉装置が常に万全であるよう保守すべき義務があつたといえよう。特に、本件五階のエレベーターは、他の階に比べて相当利用度が高い以上、被告旅館は右装置の異常の有無につき絶えず点検整備をすべきところ、右装置が他の階のそれより機能低下を来していたことは前記認定から明らかであるから、被告の本件エレベーターの保有にかしがなかつたということはできず、以上からすると、右かしも、また、本件事故の一因をなしたといわざるをえないから、被告はエレベーターの所有者として右事故による損害を賠償する責めを免かれなる。(宮崎啓一)